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ki
; 神下山
高貴寺
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当山は、今から約1200年前、役行者によって開基された葛城連峰行場28ヶ所の中の1つで、「香花寺」と称したと伝わる。後に、弘法大師空海が来山、密法修業中に高貴徳王菩薩を感得し、高貴寺と呼ぶようになった。(空海が高貴寺に仮寓していた折に、「叡福寺」聖徳太子廟前にて100日間参籠している) 空海は嵯峨天皐の勅を奉じて金堂・講堂・東西両院・経蔵・鐘楼・食堂・二王門等を創建して堂塔大いに整い、のち、大徳智泉や鳥羽僧正範俊らの高僧が来住し、11〜12世紀までは法灯は四方に輝いたと伝えられる。 1331年(元弘元年)当寺の支援者である平岩氏が平石城に拠って関東軍と戦った折、当寺は兵火にかかり、堂宇はことごとく焼失し、以来寺運振わぬまま近世に至った。 江戸後期の安永年中に慈雲尊者が来住し、僧坊を整備、正法律宣布の根本道場に一新した。1786年(天明6年)幕府の許可を得、高貴寺は正法律一派総本山となった。 慈雲尊者が当寺に住したのは1773年(安永2年)から1804年(文化元年)87歳で遷化した30年間に及んでいる。
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